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26

the AFTER of ――

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――時間は少し、遡る。

『ジジイ』

【少しだけ、じゃ】

『んだよ、もう分かってんのか?』

【お前の事じゃ、まだ休めんのだろう?】

『まぁな』

【…金色童子に成れば自動的に発生する傷の超速再生を“わざと”抑えおって】

『それじゃ足しにならねぇか?』

【天覇風龍斬を使っておいてよく言うわい】

『それを使わなかったら、ボロボロでも済まなかった』

【―――ワシが調整しても2日、じゃ】

『…助かる』

【年内は起きれんぞ。傷も金色童子になってからのは、休みにつくまで直り切らん】

『構わねぇよ。…そんだけ保てば、迷惑もかけねぇだろうさ』

【目が覚めたら待っておるぞ】

『あぁ、そこもお見通しか。……もっと強くならなきゃ、な』


―――目が、覚める。
視界に映る白い天井と、カーテンと。

そうして病院での一幕から、残る2日間が始まった。

宴が終わり、ひっそりとその場から姿を消して。

療養とは名ばかりの眠りの時間を過ごす。


国内は宴の催しが続き、また舞踏会の余韻を残しながら残す僅かな年の瀬を経て――


数日後、世界は無事に新たなる年を迎えた。



“金色童子の本格的反動”の眠りから覚めたのはその二日後。

同居する彼女は相変わらず忙しなさそうではあったが。年が明けたばかりの日々は共に穏やかに過ごし。




――数日後。

男は故郷の地に祭られた神山の奥深くへと赴いていた。



鏡岩窟。

その周囲で生活する集落が揃って信仰する御神体。その山であり深く巨大な洞穴を持つそこを、人々はそう呼んでいる。
その深さ、距離は知られておらず。幾重にも途中で道は分かれ、天然の迷宮でもあるその場所は信仰の意味合いからも進んで踏み入ろうとする者はまずおらず。

男はその道程を知っているからこそ最短で済む行程で辿り着いた。



「…ジジイ!」


まるでホールのように広がった空間。
その場所に踏み入りながら上げた声はそう大きくなくとも、洞穴内に反射し木霊する。

『待っておったわ』

踏み入ったその反対側から。
ヒトが発するモノとは別種の“音”で響く声と共に、その影が現れる。


『最近は負けがこんでるの』

嫌味そうな笑みを浮かべる顔、その姿は、

「ヘッ、そんだけ強ぇからだけどな…ま、そんなん負けた言い訳か」

舌打するような悔し紛れの笑みを浮かべる己と“同一”

『技を編み出すだけでは追いつくまい。それこそ間に合わせよ』

差異があるとすればその声音だけか。
瓜二つですらなく、同一。

「やっぱ基礎と基本をもっかい叩き直さねぇと駄目だよなァ」

頭をかきながら眉根を寄せて。
動き同じではないだけの、姿形ならばまさしく“鏡に映った己”を見る。

『技は好機の先に生じるもの。その場以外のどこで使おうと本来の意味と強さは成さん。なれば――』

それこそが、周囲に生活する人々が信仰し

「その好機を得る為の基本に磨きをかけるだけ、か。耳タコだが、一番的射るだけに返しようがねぇ」

己が師である、鏡神。





『なれば、構えよ』

空気が変わる。

「―……」

緩んでいた表情は一瞬にして真剣さを宿し。
一切の隙と加減のない構えを生む。



沈黙は一秒と僅か。


瞬間、二人の姿はその場から掻き消えた。


一拍後に響く轟音は遥か後方の壁際近く。
だが響いた音源に残るのは最早残像のみ。


瞬間の影を、確かに居たとする記録代わりにしながら、広い空間のあちこちから音が響く。



―風魔症・超音速機動



名の如く、その身を加速させる技。
滅多に対人戦の最中において使う事はなく、移動の際に時間短縮の為に用いられる事が専らだが。

“相手も同じ速度になれる”のであれば話は別だ。

最高速度ですら同じならば、その技を以って上回るのではなく幅の広さを出すしかない。


加速と減速は動きを伴う事においてその原点になる。


その幅が広いという事は、単純に動きにおけるバリエーションが増えると共に。



こと、このような闘いの場であれば駆け引きの手札を増やす事をも意味する。


それが自らだけでなく相手も同じであるならば、即ち。

自分が“一寸違わず出来る動き”を以って戦法を示す事となり、自身が仕掛ける手段と相手の手段、一度に二手以上の戦法を学ぶ事が出来る。

新たに生み出そうとする手段ならば、その有効性の如何と同時に反撃方法も自らに合う最優先な方法を身につける事が可能となる。

だがそれが叶う事も、鏡神こそは名の通り相手の身を寸分違わず映す存在であり。
億にも兆にも上る、生きとし生ける存在に対して映し身として在り続けてきたが故の思考が差異を生み出す故。





それを以って修めたられた技、奥義とは一子相伝にあらず。
本人自身にしか合わない、自らのみが修められる単一の秘伝とも言える。


その修得は、反撃方法を許す攻め手と動きを無くす事に始まり。
逆にそうして砥がれた反撃不可となった動きと攻め手を、幾度となく受け避けていく中で己が限界を見極め活路を見出し反撃を叶えて初めて一歩となる。

その鍛錬は死中に活、という言葉こそが相応しい。



「『―鏡神映身流…!」』

――拳闘術・右王覇断撃

――拳闘術・左王雷刃閃




轟音。




研鑽を積んでいく、という事を文字通りに体現する流派こそが「鏡神映身流」に他ならない。
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